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2019-12

はじまりはチータ

初代の柴犬はチータです。1962(昭和37)年に生まれ1975年に12歳で逝きました。私の小、中、高時代とほとんど重なっています。

チータを迎えるにあたっては、悲しい前史があります。最初に飼ったMIXの雄犬が1か月ほどで逝ってしまったのです。犬を飼う知識もなく、ワクチンのことも知らずに、衰弱させてしまいました。チータは元々獣医さんの飼い犬でした。兄と私が犬を失いがっかりしているのを見かねて譲ってくれたのです。

チータの両親は、血統書のある柴犬だったのですが、チータは尻尾なども柴犬らしくなく、血統書を出したくないということで、獣医さんが、ご自身のお子さんのために飼おうとしていた犬です。チータという雌らしくない名前も既についていました。アルもルーもこの獣医さんを通して家に来ました。

チータ2


家に来たときチータは既に4か月でした。元気で人懐こい犬で、獣医さんのところで私達に会うと飛び上がって皆の顔を舐めまわしました。父の運転する車で家につき、車を降りると、いきなり縁側で待っていた祖母と母のところに駆けつけ、愛想を振り撒きました。チータはたった1分で家族に溶け込んでしまいました。この写真のような顔でいきなり挨拶に駆けつけたのです。

チータ1

 
チータは最晩年を除き外の犬小屋で暮らしました。その頃は、屋外と屋内の区別も、庭と外の区別も今より曖昧でした。縁側やテラスからは家の中が見渡せ、庭には変わるがわる近所の人たちが来ていました。

チータは「持って来い」が得意でした。ボール、サンダルを次々持ちかえりました。訓練をすれば猟犬としても活躍できたのではないかと思います。一昔前の柴犬は外観も性格も今より素朴だった感じがします。

子犬をなくしていた私達は、チータを慎重に育てました。散歩の量も充分ではなかったかもしれません。今から考えると恐い話ですが、チータはしばしば夜脱走して朝に帰って来ました。夜遊びの結果、2回出産し、7匹の子犬を育てました。子犬は近所の人、知人に引き取られました。

3歳くらいのとき、脱走後10日ほど行方不明になってしまいました。毎日放課後に兄と自転車で探しまわったのですが、みつからず、あきらめかかっていました。ところある日、ふと門の方を見ると、チータが躊躇しながら中を覗き込んでいたのです。声をかけると全身を震わせて縁側に向って駆けて来ました。皆に声をかけられて、なぜられると満面の笑みで、一人ひとりの顔を舐めました。お腹を減らしていた様子もないので、おそらくどこかの家で保護されていたのを振りきってきたのだと思います。その後、脱走防止対策を強めたこともあり、2度と脱走することはありませんでした。

チータはその頃、家で飼っていた猫とも仲良しでしたが、私が中学のときに拾ってきた雄のMIXアワワとは仲良しになれませんでした。アワワは最後まで野良犬時代に身につけた習慣が抜けきれませんでした。チータに対しては一目置き、お互いの領域を侵さないようにしていました。ただ、一人で2頭を散歩に連れていくのは難しく、私がアワワの散歩担当となりました。アワワは筋力などは強かったのですが、先天的に病気を抱えていて、3歳で逝ってしまいました。その後私はまたチータを散歩に連れていくようになりました。

チータは、5歳くらいのとき、右前足を痛めてから、快活さが減ってしまいました。歳をとるごとに辛くなっていたようです。怒られると、右前足を痛そうにあげました。そうすると飼主が同情して怒るのをやめると知っていました。時々、間違えて左前足をあげてしまい、「逆だろう」と言われ、バツの悪い顔をしました。ワンコも人に対し充分駆引きをするのですね。そのチータも私が受験の準備をしているときに逝ってしまいました。おそらく私が受験に失敗するを見たくなかったからだと思います。時代は石油ショックを迎え、チータが駆け抜けた高度成長期が終わろうとしていました。

チータは私にとって兄弟でした。私が庭で危ない遊びをしていると鳴いてやめさせようとしたこともありました。当時の12歳は決して短命ではありませんが、チータにはもっと色々やってあげられたことがあったと思います。ただ、チータはそんなことを思っていないだろうとも思います。今回はこの辺までとします。アワワのこともまた紹介したいと思っています。
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コメント

チータという名前からは、想像もつかないような性格だったんですね。 どうもチータというと、大草原を獲物を求めて駆け回るというイメージがついて回ります。(歌手というのもありますが・・)

かわいいおりこうさんなわんこだったんですね。柴犬というと尻尾がくるんとしているのが多いようですが、刀のような形。顔もやさしいですね。

アルルスさんの飼っていらしたわんこは、みんなやさしい顔ですね。

なびこさま
雄でチータならまだ分るんですけどね。今はワンコも夜遊びは許されないでしょう。

ねねちゃんの写真を見て、既視感を覚えたのですが、チータにちょっと似ていますね。尻尾はねねちゃんのほうが太くて立派です。

こんばんは
お話を聞いて(見て?)びっくりしました。
私が生まれる前の話で主人とほぼ同年代に生まれたころのお話なのですね。私の兄も主人と同い年なのでチータが生まれたころの写真がたくさんあります。道路も舗装されてなくて(田舎だったからも知れませんが)車もめったに通らなくて人間にも犬たちにもすごく安全だったのでは、
と思います。母は廊下なんか拭いても拭いてもすぐ
ほこって大変だったと愚痴をこぼしていましたが。
チータはとても賢い犬ですね。きっと知恵比べをしたら私は負けそうです。


アワワってネーミング、最高ですね!
アルルスさんが名付け親??

チータくんは脱走の常習犯だったんですね。
当時はおそらく、野良犬が歩いていてもすぐに捕まるような風潮では
なかったのでしょうか。今だったら大変でしたね。

あひる母さん
東京の郊外も東京オリンピック前は、国道もデコボコで信号機もほとんどありませんでした。「3丁目の夕日」の世界ですね。ただ、ワンコは、ジステンバーやフィラリアにかかる割合が高く、10歳以上は稀でした。当時の柴犬は、一般的に今より大柄だったと思います。



もじ子さま
アワワは、鳴き声が「アワワ、アワワ」と聞こえたことから、兄と二人でつけました。通称「アワ」でした。学校でも有名な名前でした。

当時野良犬はそれほど珍しくなかったのですが、野良犬の赤ちゃんが放浪していたので、拾って飼いました。

今、レイが脱走したらと思うとぞっとしますね。昔の犬は脱走慣れしていて、パニックにもなりませんでした。

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レイは2008年2月7日生まれの5姉妹の長女?です。
今のところ社交的、外出大好きですが、意外と慎重なところがあります。

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